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サテライト(展示物)のご案内

横接地区コミュニティ
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◎ 接骨木公民館
名 称 ニワトココウミンカン
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
 旧塩原町の横林、接骨木地区をあわせて横接(おうせつ)地区と呼び、横林小学校区内の2自治会が田園空間博物館のサテライトエリアとなっています。横接地区には、他のコミュ二テイと異なり「コミュニテイ」組織がありません。そのため田園空間博物館では、接骨木(にわとこ)公民館を拠点施設と位置付け、フットパス「水と街道散策ルート」の出発拠点としています。
 横接地区は、会津中街道が通った江戸時代以前から続く歴史の古い地域です。
駐車場
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1 接骨木の常夜灯・石仏・石碑
名 称 ニワトコノジョウヤトウ・セキブツ・セキヒ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
Jルート水と森満喫ルート
 常夜灯と石仏・石碑は、接骨木公民館の前庭にあります。常夜灯は、石造の燈籠で、4段の石台の上に置かれています。また、慶応年間(1865年〜)に建てられたことや「子安地蔵尊」、「接骨木女人中」の文字が刻まれています。石仏・石碑は、念仏供養塔、地蔵菩薩、庚申塔、六地蔵、十九夜塔(月待塔)等が並んでいます。石仏・石碑がなぜ、ここにあるのかは不詳ですが、江戸時代に安楽院という寺院があったと伝えられていることと関係があると思われます。
駐車場
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2 那須連山のビューポイント
名 称 ナスレンザンノビューポイント
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
 那須連山のビューポイントは、県道折戸線を接骨木地内に入って200mほど行ったところにあります。このビューポイントからは、茶臼岳をはじめとする那須連山とその奥に連なる大倉山、三倉山等の雄大な姿が望めます。特に冬晴れの日には、雪をかぶった山々が青天に映え、日の出や日の入りの時刻には、ピンク色に染まった山々が感動的です。
駐車場
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3 接骨木の一里塚
名 称 ニワトコノイチリヅカ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
Jルート水と森満喫ルート
 接骨木の一里塚は、かつての会津東街道にあった一対の一里塚です。1970年(昭和45年)に旧塩原町の文化財に指定されています。片方の塚には杉が、もう片方の塚には桜が植えられています。杉の木はかつて落雷にあい、そのあとが痛々しく残っています。田園空間博物館整備事業の一環として、駐車場整備及び塚の周囲を整備しました。
駐車場
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4 地方競馬教養センターと桜並木
名 称 チホウケイバキョウヨウセンタートサクラナミキ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
 地方競馬教養センターは、1964年(昭和39年)に創設された地方競馬全国協会の騎手養成機関です。ここを巣立った騎手は、全国で開かれる地方競馬で活躍しています。約30万uの敷地内には生徒のための施設のほか厩舎や診療棟など馬のための施設も整備されています。また、敷地内には桜の並木があり、4月の開花時には生徒による観桜乗馬が行われます。施設見学も受け付けていますので、希望される方は地方競馬教養センターまでご連絡ください。
【問い合わせ】地方競馬教養センター
電話:0287−36−5511 
駐車場
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5 接骨木の愛宕神社


名 称 ニワトコノアタゴジンジャ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
 接骨木の愛宕神社は、1748年(延享5年)6月に修復した記録がありますが、創建年代は不詳です。石の宮として造営され、1779年(安永8年)には、現在の石段が造営されました。現在は、1805年(文化2年)建立の山神社と1828年(文政11年)建立の雷神社、1862年(文久2年)建立の水天宮が合祀されています。
駐車場
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6 接骨木の六地蔵
名 称 ニワトコノロクジゾウ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
 六地蔵は、六面体地蔵尊のことで、「六道さん」と呼ばれています。六地蔵は、六面石幢(ろくめんせきどう)という石塔形式で、六角形の石の面それぞれに地蔵尊が彫られています。六地蔵の建立の経緯や年代は不明です。また、隣には如意輪観音2基が立っていますが、こちらも建立の経緯や年代は不明です。
駐車場
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7 高原山のビューポイント
名 称 タカハラヤマノビューポイント
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
Iルート那須疏水探訪ルート
Jルート水と森満喫ルート
 高原山のビューポイントは、横林地区と千本松地区の境にあり、千本松浄水場の北側にあたります。広大な牧草地の真ん中に「コブシ」の大木が高原山をバックに1本立っています。特に「コブシ」の花が咲く4月下旬は、高原山に残雪も残り早春の風景をカメラに収めようと写真愛好家がおとずれます。なお、高原山は釈迦ケ岳(標高1795m)を代表とする山々の総称です。
駐車場
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8 那須疏水・蟇沼用水の立体交差
名 称 ナスソスイ・ヒキヌマヨウスイノリッタイコウサ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
Iルート那須疏水探訪ルート
 那須疏水、蟇沼用水の立体交差は、横林地内の県道と那須疏水が交差する地点より、疏水沿いに南側に200mほど行ったところにあります。当初は、那須疏水と蟇沼用水の水利慣行の違いから、相互に水を利用できない構造でした。1967年(昭和42年)に着手した国営那須野原総合農地開発事業により、相互に水の利用調整が可能な構造となっています。
駐車場
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9 那須疏水蛇尾川サイフォン出口


名 称 ナスソスイサビガワサイフォンデグチ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
Iルート那須疏水探訪ルート
Jルート水と森満喫ルート
蛇尾川サイフォン出口は、那須疏水が蛇尾川を横断した所にあり、サイフォンの原理により出口から湧き出しています。かつての那須疏水は、河床の下に五角形の石積みのトンネルを造り横断していました。現在も、この石積みのトンネル出口はかつてのまま保存されており、トンネルの一部は展示されています。今のサイフォン出口は1967年(昭和42年)に着工した国営那須野原総合農地開発事業により造営されたものです。田園空間博物館整備事業の一環として駐車場のほか周辺の環境整備を行いました。
駐車場
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10 蛇尾川の河原
名 称 サビガワノカワラ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
Iルート那須疏水探訪ルート
Jルート水と森満喫ルート
 蛇尾川(さびがわ)は、「じゃびがわ」とも呼ばれ、大佐飛山を源流とする大蛇尾川と日留賀岳を源流とする小蛇尾川との2つの源流をもちます。扇状地の那須野が原を流れる蛇尾川は、大雨の降った時以外その流れは折戸地内から伏流し、大田原市今泉地内で湧出するという水無川です。そのため、河原は、常に大小の玉石がゴロゴロした殺伐とした光景を見せてくれます。
駐車場
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11 会津中街道一里塚
名 称 アイヅナカカイドウイチリヅカ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
Iルート那須疏水探訪ルート
Jルート水と森満喫ルート
 会津中街道一里塚は、県道折戸線と那須疏水が交差する100m手前にある1対の一里塚です。会津中街道は、1683年(天和3年)におきた日光大地震により出現した五十里湖により、会津西街道が通行できなくなったため、会津藩の廻米の輸送用街道として1695年(元禄8年)に整備されました。田園空間博物館整備事業では、雑木林と牧草地に埋もれていた一里塚を保全するため、一里塚周辺用地を購入し駐車場整備や植栽を施しました。
駐車場
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12 念仏石碑
名 称 ネンブツセキヒ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
 念仏石碑は、横林地内を流れる蟇沼用水沿いに立っている12基の石仏・石碑のことです。石仏・石碑には、1738年(元文3年)建立の念仏塔、1742年(寛保2年)建立の地蔵尊、1796年(寛政8年)建立の庚申供養塔、1871年(明治4年)建立の月待塔(十九夜塔)などがあります。建立年が不明なものとして、馬頭観音、軍馬観音、地蔵尊、如意輪観音もあります。12基の石仏・石碑が一か所に建てられた沿革については不明です。
駐車場
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13 横林の温泉神社
名 称 ヨコバヤシノオンセンジンジャ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
 横林の温泉神社は、1619年(元和5年)蛇尾川の洪水に悩まされていた東泉喜左衛門が村人とともに那須神社より分神し、洪水の鎮護と五穀豊穣を祈願して建てたものです。現在の社殿は、1968年(昭和43年)に改築したもので、大名己貴命(おおなむちのみこと)を祀っています。
駐車場
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14 接骨木街道沿いの蟇沼用水
名 称 ニワトコカイドウゾイノヒキヌマヨウスイ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
Jルート水と森満喫ルート
 接骨木街道沿いの蟇沼用水は、1967年(昭和42年)に着手した国営那須野原総合農地開発事業により、そのほとんどがコンクリートの水路となりましたが、昔のままの姿を今に残す石積みの水路です。蟇沼用水は、慶長年間(1596年〜)に開削され、初め「接骨木堀」と呼ばれました。その後、旧西那須野町石林地内まで延長され「蟇沼堀」と呼ばれるようになり、1771年(明和8年)大田原城まで引かれ、大田原城内の飲用水として使用されたため沿線の農民が利用することはできませんでした。沿線の農民が利用できるようになったのは、明治に入ってからで、1900年(明治33年)に現在の用水堀ができました。
駐車場
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15 会津中街道跡と道標
名 称 アイヅナカカイドウアトトドウヒョウ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
 会津中街道は、1683年(天和3年)におきた日光大地震により出現した五十里湖により、会津西街道が通行できなくなったため、会津藩の廻米の輸送用街道として1695年(元禄8年)に整備されました。道標は、横接地区郷土史研究会が郷土史の完成を記念して1976年(昭和51年)に建てたものです。
駐車場
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16 接骨木の八坂神社
名 称 ニワトコノヤサカジンジャ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
 接骨木の八坂神社は、接骨木地区のほぼ中心にあり1890年(明治23年)に創建されました。古来より農家のつくり神様として毎年7月15日に収穫したものをお供えし、その年の豊作を祈願しています。なお、現在の社殿は、1980年(昭和55年)に改修されたものです。
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17 接骨木の温泉神社
名 称 ニワトコノオンセンジンジャ
地 域 横接地区コミュニティ
ルート Cルート水と街道散策ルート
 接骨木の温泉神社は、接骨木公民館の裏にあります。建立の年代、経緯は不明ですが、接骨木が慶長年間(1596年〜1614年)大田原藩第15代藩主 大田原晴清の代に大田原藩の所領となった以降、代々の藩主がこの神社を崇拝したと伝えられています。1741年(寛保元年)に上棟した記録と1800年(寛政12年)ほか3回遷宮の記録が地元に残っています。祭神は、少彦名命と大名己貴命です。
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