巻狩りみるひぃ那須塩原市のれきし

 那須塩原市は2005年(平成(へいせい)17年)1月1日に旧黒磯(くろいそ)市、旧西那須野(にしなすの)町、旧塩原(しおばら)町の3つの市と町が合併(がっぺい)してできたあたらしい市です。
 塩原(しおばら)のおんせん地はいまから1200年ほどまえに、板室(いたむろ)のおんせん地も今から900年ほどまえに、それぞれ発見されたといわれていて、今でもたくさんの人がおとずれます。また、800年ほどまえには、源頼朝(みなもとのよりとも)がこのあたりでだいきぼな狩(か)り(巻き狩り)をしたといわれており、とてもれきしのあるばしょです。

巻き狩りの様子
巻狩(まきが)りのようす(イラスト)
 江戸(えど)時代になると、いくつもの街道(かいどう)がとおり、その街道(かいどう)を行き来する人のための宿場(しゅくば)ができました。いまでもそのころのなごりが数多くのこっています。

三斗小屋宿跡 石林道標 鍋掛一里塚
三斗小屋(さんどごや)宿あと 石林(いしばやし)の道標(どうひょう)
(むかしのどうろひょうしき)
鍋掛(なべかけ)の一里塚(いちりづか)
(一里(やく4km)ごとにつくられた)

 このあたりの土地は水の便がわるくて、のみ水にもこまるほどでした。そのため、明治(めいじ)時代のはじめに那須疏水(なすそすい)というだいきぼな水路(すいろ)が作られ、これによってのうぎょうがますますさかんになっていきました。

那須疏水 取り入れ口 那須疏水
那須疏水(なすそすい)の取水口(しゅすいこう) 那須疏水(なすそすい)の水路(すいろ)
     
 明治(めいじ)時代から大正(たいしょう)時代にかけては、たくさんの人たちが、かいたく地として土地をきりひらき、大きなのうじょうを作りました。今でも、かいたくをした人たちの名前がついた地名がたくさんあります。

青木家那須別邸
旧青木家(あおきけ)那須別邸(なすべってい)
もっとくわしい歴史はこちらをチェック!! → 那須塩原市の歴史

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